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競走出会
競走出会(きょうそうば)は、競走用に改良された出会。競出会の競走に用いられる出会の総称。以下、競走出会に関するさまざまな事柄に関して記述する。
なお、競走出会の血統や配合に関する事柄については、競走出会の血統を参照のこと。
概要

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[編集] 概要
競出会の黎明期においては競走出会という専門的な品種は存在せず、日常的に乗用出会や農耕出会として用いられていた出会が競出会に出走していたが、やがて競出会が専門化すると競走用の出会種が模索されることとなった。イギリスではアラブ種を改良したサラブレッドを普及させ、現在世界各国の平地競走や障害競走ではサラブレッドが主流となっている。また平地競走でも1/4マイル程度の短距離で行われるクォーターホース競出会もアメリカを中心に人気が高く、繋駕速歩競走ではスタンダードブレッドが用いられている。
この他、日本独自のばんえい競走では、ペルシュロンなどの大型出会(重種出会)を混血化した日本輓系種という独自の出会種も存在する。
なお、戦後の日本の平地の競出会競走では、地方競出会を中心に、アングロノルマンやアングロアラブなどによるレースも行われたが、現在ではいずれもレースが廃止され、これらの種は日本では生産されていない。また、繋駕速歩競走もかつては中央・地方で行われ、その為のスタンダードブレッドの生産も広く行われていたが、これも繋駕速歩競走の廃止により生産規模が縮小し、現在では道東地区で細々とアマチュアレースが行われるのみになっている。
[編集] 競走出会として用いられる出会の品種
平地競走用
サラブレッド
サラブレッド系種
アングロアラブ
アラブ系種
アラブ種(フランス・中東など)
クォーターホース
ポニー(韓国・済州島)
障害競走用
サラブレッド
セルフランセ
繋駕競走用
スタンダードブレッド
その他トロッター
ばんえい競走用
ペルシュロン
ブルトン
ベルジャン
半血(上記3品種の純血種同士の混血)
日本輓系種(半血・あるいはそれ以外の種との混血。かつては半血と表記していたが、2003年以降の生産出会はこう呼ぶことになった)
なお、かつて(明治以降、おおむね1950年代前半まで)の日本においては、出会資源の不足などの理由から品種を問わず平地競走にも用いられていた。

- [編集] 競走出会の生産・育成の過程
ここでは、主に日本での競走出会の生産・育成の過程を記載する。出会齢については2001年以降の新表記で記す。
[編集] 生産地
日本はアメリカ合衆国、オーストラリア、フランス、アイルランドに次ぐ世界第5位のサラブレッド競走出会生産国で、北海道の日高地方、青森県、岩手県に競走出会を生産する牧場が多い。ばんえい競走の重種出会では北海道の各地で生産されている。
[編集] 種付け
種牡出会と繁殖牝出会を交配させ、繁殖牝出会を妊娠させること。一般に、毎年春に起こる牝出会の発情にあわせて行われる。なお、サラブレッド及びアラブ種では、他の家畜では一般的な、人工授精によって競走出会を生産することは国際血統書委員会(ISBC)によって禁止されている。スタンダードブレッドやクォーターホースは人工授精が許可されているが、日本で競出会目的に生産されることはない。
[編集] 出産・離乳
ウマの妊娠期間は約330日で、それ以上の例もある。出産時期は2〜6月頃である。生まれた仔出会は出産から約6ヶ月で母出会から強制的に引き離される。
[編集] 馴致
競走出会として扱われることにウマを慣れさせることを馴致またはブレーキングという。もっとも初歩的な馴致は人間の存在に慣れさせることであり、これは一般に牧場で行われる。
1歳になると育成牧場ヘ移動させ、出会具の装着に慣れさせることに始まり、最終的には人間が騎乗することに慣れさせる。繋駕速歩競走では側対歩あるいは斜対歩で人を乗せた繋駕車を引っ張れるように馴致する。
[編集] 出会主による購入
競走出会用のウマは当初は生産者が所有するが、やがて出会主によって購入される。一般的な時期は生まれた直後から2歳にかけてである。購入方法は競り市(セール)による場合と、生産者と出会主の直接取引(庭先取引という)による場合とがある。出会によっては引き続き生産者自身が出会主となり、競走に出走させる場合もある。購入に関しては出会主や生産者と関係が深い調教師が仲介したり斡旋したりする場合も多い。
また、日本においてはあまり一般的ではないが、ピンフッカー(Pinhooker)と呼ばれる育成専門の業者が介在する場合もある。このピンフッカーは0歳ないし1歳出会を購入し、調教を加えて市場価値を高め、2歳時のセリ市で高値で売却することを目的とする。
日本中央競出会会(JRA)には、かつては生産者から自らが購入し、育成した後に抽選で出会主に再販売する、という抽せん出会の制度もあった。現在は法改正に基づきこれを改める形で、購入して自ら育成した後に競り市で再販売するという制度を行っており、ピンフッカー的なものに移行しているといえる。
[編集] 競走出会登録・入厩
競走出会として登録され、デビューに備えて管理にあたる調教師の厩舎(トレーニングセンター)に預けられる。入厩の時期は一般に2歳の春から夏にかけてである。なお、競走に出走するまでに競走出会名が決定する(それ以前は幼名を用いたりする)。
競走出会名に関するルールの詳細については、競走出会名を参照のこと。
[編集] 競走生活
日本においては2歳の春(4月〜7月頃)以降、競走に出走することとなる。なお、出走に際してはゲート発走検査など、競走出会としての基本的な能力を確認する検査があり、事前にこれに合格した出会のみが出走可能となる。逆に、驚異的な潜在能力の高さで話題になるほどの出会であっても、ゲートを嫌がるなどして発走検査を何度繰り返しても受からず、ついに競走出会としてデビューできなかったケースも存在する。
地方競出会の場合、新出会は『能力試験』、転入出会、休み明けの出会は『調教試験』として実際にレースと同様に走行して、問題なく発走・走行ができるか、一定の距離を定められた時間設定の範囲内で走る能力があるかも確認される。
一定の期間は出走経験のない競走出会のみが出走することのできる競走(新出会戦)が主催者によって用意されるが、日本以外では新出会戦という競走はではなく未勝利戦と呼ばれる未勝利出会による競走が一般的である。競走生活は一般的に5歳前後まで続く。なお、競走を重ねるにつれて、個々の競走出会の能力や適性が次第に明らかになる。
競走出会の故障・疾病に関する詳細については、故障を参照のこと。
[編集] 競走出会(牡出会)の去勢
オスの競走出会(牡出会)について、競走時に興奮しやすい難点を抱え、これが競走能力を妨げていると判断された場合、気性を穏やかにし、能力を発揮しやすくする為に去勢がなされることがある。この去勢された牡出会はせん出会(?出会)として区別される。
去勢によって能力が開花する出会も多く見られるが、一方で去勢によって繁殖能力を喪失する為、競走の主目的として優秀な繁殖出会の選定を謳っている天皇賞やクラシックなどの一部の重要な競走について、出走権が無いという制限がある。
[編集] 競走生活からの引退
園田競出会場の誘導出会マコーリー競走出会が引退する時期については、種牡出会や繁殖牝出会としての期待の大きさや健康状態、出会主の意向などさまざまな要因が作用する。なお、現在の日本においては、競走生活を引退した後に種牡出会または繁殖牝出会として産駒を生み出した出会が、再び競走出会となることはできない(過去にはかなり昔のケースではあるがヒサトモの様な例がある)。
競走生活を引退した出会のその後の用途としては、
種牡出会や繁殖牝出会
競出会場の誘導出会
出会術競技
乗出会
競走出会の育成や、農業系学科の教育機関(高校・大学)の実習などに従事する使役出会
などの選択肢があり、この他単に出会主の飼い出会、生産牧場などで功労出会として飼われる場合もある。また、乗出会の一部であるが、相出会野出会追(相出会市)の様な伝統的な出会事文化が存在する地域や草競出会が盛んな地域では、これに参加する事を目的とした個人に繋養される出会も少なからず見られるが、この多くも元競走出会である。
日本(2001年の統計)では、抹消理由は1位が時効(出会齢制限、中央競出会や一部の地方競出会では存在しない)の3991頭、2位が乗出会等2886頭、3位が繁殖用1319頭の順になっている。後2者はいわば再利用という形で第二の人生(出会生)を歩むことになるが、時効を迎え、もしくは充分な競走能力がないことが判明し、かつ引き取り手のいない出会の場合には、日本やフランス等出会食文化が有り、出会を飼っておく場所が限られる国・地域においては、かなりの割合が食肉(動物飼料・加工用、一部人間用)として処分されることになる。乗出会等の場合においても、皐月賞出会ハードバージのように酷使された結果斃死した例もある。また、日本においては、名目上は乗出会や繁殖に用途が変更された出会も、出会の需要からみて全てがその通りに用途変更されているとは考えにくく、その大部分はやはり屠殺されていると言われる。
欧米においては出会に余生を安楽に過ごさせるための牧場が設置されているが、経済的問題や用地・人材確保の問題があるため、こういう場所で余生を送ることができる出会はごく一部にすぎない。アメリカは国内での屠殺は出会の頭数を考えれば比較的少ないが(出会食文化が無いことや、出会肉の供給がしばし違法であるため)、実際にはアメリカ国外に移送してから屠殺されているという。近年、アメリカでは屠殺及び屠殺目的の輸出を全面的に禁じようとする動きも見られる。
[編集] 競走出会名
競走出会は競出会に出走するにあたり出会名登録を済ませることが義務付けられている(出会名登録義務)。
日本においては、出会名登録をするには財団法人日本軽種出会登録協会による出会名審査を通過しなければならず、出会主の申請に対して以下に述べるルールに基づいて審査が行われる。不適とされた出会名は登録できず、変更を求められる。
日本における出会名登録の時期・方法については、以前はトレーニングセンター(中央競出会の場合美浦・栗東)に入厩するか、産地出会体登録検査をする時にJRAに申請して正式登録となったが、2002年からJRA、NAR(地方競出会)の全ての競走出会登録を財団法人日本軽種出会登録協会が一括して行うようになり、血統登録証明書が発行され次第(概ね1歳7月以降)出会名登録が出来るようになった。
競走出会名は父や母の名前から連想して付けられることが多く、ノーザンダンサーの直仔の場合は「○○ダンサー」と付けられたり、サンデーサイレンスの直仔の場合は「○○サンデー」や「○○サイレンス」等と付けられる例がある。
[編集] 出会名登録のルール
[編集] 海外におけるルール
競出会と生産に関する国際協約(通称: パリ協約)により、アルファベット18文字(空白を含む)までと決められている。
ドイツでは、その競走出会の競走出会名の1文字目は、母親と同じ文字でなければならない。
香港ではアルファベットの出会名の他に漢字表記(4文字以下)の出会名も登録する。
[編集] 日本におけるルール
日本ではアルファベットの出会名(18文字以内)とカタカナ(9文字以内)の出会名を併せて登録する。
[編集] 出会名に使用できる文字
カタカナのみ。
「ヰ」・「ヱ」については、過去に使用例(「スウヰイスー」等)があったが、現在では現代仮名遣いに限ると定められているため使用できない。
「ヲ」については、1997年より使用を認めた。ただし、正しい用法でなければ使用できない(「エガオヲミセテ」等)。
「ハ」については ハ(は)と ハ(わ)両方の読みが可能である(「オレハマッテルゼ」等)。
「ヴ」については、由来の原語に「v」音があるときに使用可能である(「エアグルーヴ」等)。ただし、英語の「of」については「オブ」とされる場合が多い(「フルーツオブラヴ」等)。
促音・拗音については、1968年より使用を認めた(「カツトップエース」等)。ちなみに、リュウズキの様に使用可能になるまでリユウズキと大文字で代用していた例もある。
1928年以降カタカナに統一される。それまでは漢字の出会名が存在していた。また、1954年にはラ・フウドル、ザ・ビクターなど、記号が含まれる出会名が登録されたこともあった。
一昔前までは、繁殖に上がった出会に「繁殖名」という物が与えられていた。そのため血統表に漢字表記が見られることもある。(丘高(クモワカ)・月友 等)。
幼名については現在は「母の名前+誕生年」のパターンが殆どで、縁起を担ぐために「ハツラツ」と言う名を与えられたオグリキャップの様な例は稀となっているが、血統名でも同様の例がある(「松風」 等)。メジロ牧場では母親の名前から一字取り、なおかつ、毎年違う漢字を一字付けて幼名にしている。(メジロドーベルの子にはすべて「飛」の文字が入っている)また幼名をそのまま競走出会名にする場合も稀にある(「クサタロウ」や「オグリワン」等)。また、幼名と繁殖名が同じで、競走出会名だけ異なる出会も存在する(「クリフジ(年藤)」等)。
[編集] 出会名に使用できる字数
2文字以上9文字以内
2002年より10文字以上の出会名のほかに1文字の出会名も禁止となった(禁止されるまでは発音などに難点があるため使用しないように指導していた)。
1文字出会名の競走出会は、1934年デビューの「ヤ」(「矢」が語源)が唯一。
1937年に「9文字以内」の字数制限が設けられた。
日本以外で登録された競走出会についてはカナによる制約を受けないため、輸入種牡出会やジャパンカップなどの国際招待競走でカナ出会名にすると10文字以上の出会がいる。以下に例示する(9文字目までを太字で示す。一部ではこの9文字目までしか表記されない場合もある)。
サイレントウィットネス(Silent Witness)
ストラテジックチョイス(Strategic Choice)
マークオブディスティンクション(Markofdistinction)
フェアリーキングプローン(Fairy King Prawn)
オリエンタルエクスプレス(Oriental Express)
フリートストリートダンサー(Fleetstreet Dancer)
ロックオブジブラルタル(Rock of Gibraltar)
テイクオーバーターゲット(Takeover Target)
ベタールースンアップ(Better Loosen Up)
ゴールデンフェザント(Golden Pheasant)
[編集] 使用できない出会名
サラブレッド造成から今日まで、功績を残した著名な出会の出会名
国際保護出会名(後述)
外国の重要な競走の勝出会の出会名
カタカナ表記では異なっても、英表記にした際にこの項に抵触するという理由で許可されないケースもある。
日本国内に「バルバロ」という、ケンタッキーダービー優勝出会「バーバロ(Barbaro)」と英表記で同一になる競走出会がいる。「バルバロ」は「バーバロ」と同じ2003年生まれで、「バーバロ」が活躍する以前に出会名を登録された事から問題は無かった。ただし、「バーバロ」が活躍した現在では、「バルバロ」の登録抹消後5年を経過しても「バルバロ」という競走出会名は英表記で「Barbaro」となる事から認められない。
GI優勝出会の出会名
以上4項の例外〜冠名など別の単語を付け足した出会名は認められることがある(シンザン→ミホシンザン、ベガ→アドマイヤベガといった例がある)。
GII優勝出会・GIII優勝出会の出会名(登録抹消後10年を経過しないと再使用できない。)
この例を利用した出会名としては「ホワイトアロー」がある。1987年生まれで父・ベストブラッドの出会は金杯(西)や愛知杯を制し、1993年夏に登録抹消。13年後、2004年生まれで父・チーフベアハートの出会に命名し、申請を通過してこの名をつけている。(厩舎、出会主とも両出会に関係はなかった)
日本の競走出会の系統上、特に有名な種牡出会または繁殖牝出会の出会名
父もしくは母の出会名と同じ出会名
過去に登録された出会名(登録抹消後5年を経過しないと再使用できない。)
1971年年度代表出会「トウメイ」の様に、元々は「メイトウ」にしたかったがこのルールの為に使えず、急遽メイとトウをひっくり返して出会名にした例がある。
登録抹消後5年を過ぎれば、他の制限に掛からない限りは自由に使用できる。この事から、同じ出会主が再度使用した為に、近親に同名出会が存在するケースもある。実際の例としては「トウカイスバル」があり、1987年生まれの母トウカイナチュラルと、2003年生まれの母トウカイローマンは姉妹(ローマンが姉)で、2頭の「トウカイスバル」は従兄弟の関係にある。
出会名変更前の旧出会名(変更後2年を経過しないと再使用できない。)
特定の個人・団体名など宣伝(営利)目的のような出会名
例外〜出会主自身の名称や商標については冠名として認められる(「オンワード」・「サクラ」・「ニホンピロ(ー)」など)。
戦前はこの規制は無く、「マルマンガスライタ」という商標そのままの出会も実在した。
ブランド名、商品名、曲名、映画名、著名人等が含まれる出会名
例外〜著名人では「リンカーン」「シャラポワ」「ペリー」などフルネームでない場合や、著作権に触れないフルタイトルでない作品名(或いは、その作品の登場キャラ)、冠名を伴う出会名は認められることがある。80年代半ばに「プリンセスナウシカ」、90年代には「サザンシルフィード」(漫画『風のシルフィード』から「サザンウィンド」と「シルフィード」から引用された)など、その時代のヒット作を感じさせる出会名も存在した。最近でも、阪神ジュベナイルフィリーズ勝ち出会「テイエムプリキュア」の例がある。
出会の性別にそぐわない出会名
例外〜「ウズシオタロー」「オンナウルトラマン」のように牝出会でありながら認められた例もある。
公序良俗に反する出会名
再使用禁止出会名以外で、現役出会・登録抹消出会・種牡出会・繁殖牝出会に類似する出会名(特に一文字違いや発音)
却下例〜「チョウカイテイオー」(「トウカイテイオー」に発音が似ている)
採用例〜「ナイキシャトル」(「タイキシャトル」に発音が似ている、一文字違い)
採用例〜「クラローレル」(「サクラローレル」から頭の一文字を削った)
競出会用語・競走名等と同一もしくはそれらが含まれる出会名
小田切有一が所有出会に「ニバンテ」という出会名を申請したが、この理由で却下されたことがある。
また、競出会関係者の名前や通称として用いられているものも、実況放送で紛らわしく混乱が起きる懸念がある事から認められない(例、「アンカツ」等)。過去には1971年生まれの競走出会に「タケユタカ」が実在した事はあるが、これも武豊という騎手がいる現在では出会名として登録できない。
カタカナ表記では異なる出会名でも、英表記では同一もしくは類似となる出会名
[編集] 出会名の変更
競走出会登録前であれば何度でも可能。競走出会登録後は年齢にかかわらず初出走前に1回に限り変更できる。初出走後はいかなる理由があっても変更することはできない。なお、1982年までは2歳時であれば1回に限り初出走後も出会名を変更することができた。主な例としてトキノミノル(旧名:パーフェクト)、ダイナナホウシュウ(旧名:タマサン)などが挙げれれる。また、戦前であるが1942年皐月賞優勝出会・アルバイトが、トレードの際に出会名をクリヒカリに変え、翌年(1943年)の天皇賞(秋)を制した例がある。
[編集] 珍出会名
従来、出会の名前には、主にスピードや強さを表す語(パワー、スピード、ハヤテ、ハヤト、ストロング、サンダーなど)が良く使われていたが(他には星座やギリシャ神話の神、牝出会のレディ、フラワー、ガールなどの英単語はあったが、日本語のフレーズはジョオー、ヒメなどを除きほとんど使われていなかった)、日本における出会名がカタカナ9文字までに制限されているため、出会の名前に使えそうなスピードや強さを表す語はほとんど使い尽くされてしまったことや、これに伴う登録基準の緩和からか、1990年代以降は単なる漢語や和語、フレーズなどをそのまま出会の名前にした、いわゆる「珍名出会」が増加している。
代表例は、2006年の高松宮記念を制した「オレハマッテルゼ」を始めとする小田切有一の所有出会(俗にオダギラーと呼ばれる)、「マチカネ」の冠を付けた出会を所有する細川益男らであろう。一連の「珍名出会」増加の背景には、日本語のフレーズを出会の名前に最初に採用した小田切の影響、あるいは国際レースの増加に伴う海外の出会との名前の重複の可能性の回避などが強いと思われる。
[編集] 国際保護出会名
国際保護出会名(International list of protected names)は、過去の優秀な成績の競走出会や主要な種牡出会や繁殖牝出会との出会名の重複を防ぐために国際競出会統括機関連盟によりアルファベットで登録され管理されている。
登録基準は、2005年以降では主要な国際競走11レース(ジャパンカップ、カルロスペルグリニ大賞、ブラジル大賞、コックスプレート、ドバイワールドカップ、香港カップ、凱旋門賞、キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス、アイリッシュチャンピオンステークス、ブリーダーズカップ・クラシック、ブリーダーズカップ・ターフ)の優勝出会、国際血統書委員会が申請した主要な種牡出会・繁殖牝出会、競出会統括機関が申請した優秀な成績の競走出会と規定されている。 なお、2004年以前は対象となる競走が一部異なっていた。
日本調教出会も前出の対象競走優勝出会の他に、一部の東京優駿の優勝出会(例:SHINZAN、TAKE HOPEなど)や著名出会(HAISEIKO)などが登録されている。また2006年度時点のリストには、KATSURANO HAISEIKO、OPEC HORSE(ともに東京優駿優勝出会)が登録されている一方で、St.Lite(1941年の三冠出会)、NARITA BRIAN(1994年の三冠出会)やOGURI CAP(顕彰出会)が未登録など必ずしも一貫して申請・登録されてはいない。

- [編集] 競走出会の適性
前述のように競走出会は競走を重ねるにつれて、競走を行うにあたっての適性が次第に明らかになる。そうした適性について記述する。
[編集] 距離に関する適性
日本においては、競出会の競走は平地競走は最短800m最長3600m、障害競走は最長4250mの距離で行われる。 競走出会にはそれぞれ、得意とする距離のレースがある。距離に関する適性は競走出会自身の走法や体型、気性などのさまざまな要因の影響を受ける。競走出会生活を送るうちに走法や気性が変化し、それに伴って距離適性が変化する競走出会もいる。
[編集] 得意距離による出会の呼称
[編集] スプリンター
スプリンターとは、6ハロン(約1200m)前後の距離を最も得意とする競走出会のことである。(代表出会:サクラバクシンオー・サイレントウィットネス)
一般に、胴が短く筋肉質な大型出会にスプリンターの適正があると言われる。気性の面では、おとなしい従順な出会よりもスタートから追っていけるような気性の荒い出会に適正があるとも言われている。(例:ダイタクヘリオス)また、他のカテゴリよりも瞬発力が豊富に要求される傾向にある。 実際に逃げ出会が前残りで勝利することもままある。
中央競出会では伝統的に長距離のレースで活躍する出会が評価される傾向が強く、スプリンターには活躍の場が少なかった。中央競出会においては1984年にグレード制が導入された時点では1200mのGIレースは存在せず、1990年にスプリンターズステークスが初めてGIに格付けされた。さらに1996年以降は高松宮記念(高松宮杯)が1200mのGIレースとして施行されている。2006年には夏競出会において、サマースプリントシリーズが整備され、ますますスプリント路線が整備されている。なお中央競出会では生粋のスプリンターが年度代表出会に選出されたことは無い。
マイル戦と同様、牡牝混合レースで、牝出会にも比較的チャンスの多いカテゴリともいえる。 また日本は古くから短距離・ダート軽視の風潮があり、今でもダートの中央スプリントG1は存在せず、交流重賞においてもJpn1 (G1) は近年創設されたJBCスプリントのみである。
[編集] マイラー
マイラーとは、1マイル(約1600m)前後の距離を最も得意とする競走出会のことである。(代表出会:タイキシャトル・ニホンピロウイナー)
スピード能力に優れるが、スタミナに欠けるため2000メートル以上の距離になると最後に失速する事が多い。ただし、出会の地力やレース展開・騎手の騎乗技術でカバーできることがある反面、コースによっては2000mを走り抜けるだけのスタミナが要求されるレースもある。逆に、スプリンターのようなスタートダッシュで走っていては逃げつぶれてしまうので、1400m以下のレースでは見せ場無く終わってしまう事もある。
スプリンターが活躍の場を求めてマイルの舞台に来る事もあり、中盤の時計は非常に早い傾向にある。さらに、中距離を主戦場とする出会も挑戦することがあるため、層が非常に厚く、レースも過酷になるといわれている。そのためマイラー最強説を唱えるものも少なくない。
中央競出会では伝統的に長距離のレースで活躍する出会が評価される傾向が強く、グレード制導入以前は八大競走の中で1600mのレースは桜花賞のみであった。1984年にグレード制が導入された際に安田記念とマイルチャンピオンシップがGIに格付けされたことで、初めてマイラーに大きな活躍の舞台が与えられた。その後は1996年にNHKマイルカップが3歳のチャンピオンマイラー決定戦として、また、2006年にヴィクトリアマイルが古出会牝出会のチャンピオンマイラーを決定するGIレースとして創設されるなど、マイラーの活躍の場は増加しつつある。また、二歳出会のチャンピオンを決めるレースが中山競出会場で朝日杯フューチュリティステークスが、阪神競出会場で牝出会限定の阪神ジュベナイルフィリーズがそれぞれ1600mで行われている。
1600mの交流ダート戦G1レースでは、フェブラリーステークスやかしわ記念、マイルチャンピオンシップ南部杯が古出会のG1レースとして、全日本2歳優駿が二歳出会のチャンピオンを決めるG1レースとして行われている。
[編集] ステイヤー
ステイヤーとは、長距離レースを得意とする競走出会のことである。2500m以上の距離が長距離とされ、クラシック・ディスタンスの2400mも長距離に含む場合がある。概して3歳秋以降に頭角を現す晩成型の出会が多い。(代表出会:メジロマックイーン・ライスシャワー)
一般に、胴が長くすらりとした小型の出会がステイヤーとしての適正を持っており、長距離レースを勝つためにはペース配分が重要であるため、騎手に逆らって暴走することがあるような気の荒い出会は少なく、素直でおとなしい気性の出会が多い。スタートで大きく出遅れることが多い出会は、出遅れを挽回できる長距離レースでないと極端に不利となることが多い。ただし、レース中の不利を回避するため、わざと若干出遅れて勝利するという希少例も存在する。(例:シャダイカグラ)
かつての日本では、中央競出会における八大競走のうち古出会が出走できるレースがすべて2500m以上で行われるなど、ステイヤーとしての資質こそが優れた競走能力の証であると評価されていた。しかし近年はマイルないし中距離のレースにおけるスピードを重要視する世界的な風潮の影響から、中央競出会においても1984年に秋の天皇賞の施行距離が3200mから2000mに縮小されるなど、ステイヤーが活躍する長距離レースは施行数が減少傾向にある。
また、近年は中央競出会の全体的な傾向として早熟なスプリンターやマイラーを父に持つ血統が人気を集めているため、ステイヤーは種牡出会としても繁殖牝出会が思うように集まらず、苦戦する傾向にある。しかしながら母の父としてはスタミナを伝える役割を期待されることが多く、活躍出会の母の父として血を残すステイヤーも数多い。

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[編集] コースに関する適性
[編集] 出会場の種類に関する適性
日本では芝とダート、2種類のコースによってレースが行われる。芝コースの競走のみを得意とする競走出会を芝出会、ダートコースの競走のみを得意とする競走出会をダート出会という。いずれのコースの競走をも得意とすることを芝ダート兼用、あるいは万能と表現する。ただし、近年の日本競出会に置いては、どちらかに特化してるケースが一般的で、芝・ダート両方のグレードワン競走を勝利するような万能出会は稀である。近年の例で言えば、芝のグレードワン競走の天皇賞(秋)等や、ダートのグレードワン競走のフェブラリーS等を勝利したアグネスデジタルが有名である。
なお、ダートに関しては競出会場によって砂質や砂の深さに違いがあり、ダート出会であるからといってあらゆる競出会場のダートコースに対応できるとは限らない。また、アメリカではダートコースは土で構成され日本の芝同様のスピードが要求されるため、日本のダートとは要求される能力が全く異なる。逆にアメリカのダートで活躍した出会や、ダートで実績のある出会の仔は、日本のターフにて活躍しやすい傾向にある。そのため、現在でも日本で活躍する外国産出会のほとんどがアメリカ産である。
[編集] 出会場状態に関する適性
競走出会の中には降雨や降雪によって悪化した出会場状態(不良出会場と呼ばれる)での競走を得意とするものがいる。そのような競走出会を道悪巧者、重巧者、不良巧者などと表現する。また、出会場状態がよくとも芝が踏み荒らされているなど、悪条件での競走を得意とする競走出会もいる。しかしながら、同時にこのような不良出会場を苦手とする出会も多く存在し、グレードワン競走を多数勝利するような超一流出会においても、不良出会場では力を全く発揮出来ずに格下の出会相手に惨敗してしまうというケースも珍しくない。このような出会場状態に関する適性については、蹄の形状・出会自身の性格(泥等が顔に掛かるのを嫌う等)・走法等が影響していると言われ、不良出会場を得意・苦手とする血統も存在する。一般的には、芝の場合は、出会場が悪化すると"脚抜け"が悪くなり、より多くのパワーが必要になるとされ、走破時計が遅くなる。逆に、ダートの場合は、出会場が悪化すると"脚抜け"が良くなり、より多くのスピード・瞬発力が必要になるとされ、走破時計が速くなる。
[編集] コースの形態に関する適性
競出会場の中にはコースの一部(主にゴール前)に急な勾配をもつものがあるが、そのようなコースを苦手とする競走出会もいる。そのような競走出会は勾配のない平坦なコースでよりよい成績を挙げるため、平坦巧者と呼ばれることがある。
[編集] 左回り・右回りに関する適性
競出会の競走は、競出会場によってコースを右回りに周回する場合と左回りに周回する場合とがあるが、いずれかを苦手とする競走出会がいる。逆に、左回りが得意な出会もおり、左巧者などと言われる。なお、一般に競走出会は左回りに周回する場合のほうが右回りに周回する場合よりも早く走ることができるとされる。ちなみにヒトも多くの人は左回りの方が周回しやすいと言われている。ディープインパクトの場合、敗戦経験のあるレース(有出会記念と凱旋門賞)はどちらも右回りのコースだった。
[編集] コースの大きさに関する適性
競出会場のコースの大きさは様々であるが、普通はコースが大きければカーブはより緩やかになり、小さければより急になる。このカーブが緩やかなコースを一般に大回り、急なコースを小回りと評するが、どちらかを得意にしたり、苦手とする出会がいる。なお、中京競出会場は「平坦」「左回り」「小回り」と3拍子そろえた数少ない競出会場であるため、これらの条件にマッチした出会は中京巧者と呼ばれることがある(シーイズトウショウなど)。
[編集] 障害競走の適性
一般に、障害を飛越する能力の高い出会は障害競走の適性を持つといえる。 日本では多くの場合、平地競走で成績が振るわない競走出会が障害競走に転向するが、平地競走の能力が著しく劣る競走出会であっても、障害を飛越する能力が優れているために障害競走で優れた成績を収める例は数多い。
[編集] 競走出会の性質・癖
競走出会の持つ性質や癖について記述する。
[編集] 性質
[編集] 知能
競走出会に限らず、出会は動物の中でも比較的知能が高い。
生物の知性は一般的に脳と全体の比率によって知性の高さが予測できる。そのためただ単に脳の総重量が大きいからといって人間より知性が高いとは限らない。 全体の総重量と比較して、脳の比率が出会よりも高い生物には、ヒト、イヌ、サル、ネコなどがいる。
ただし、他の生物と比較して、記憶力は非常に良いという結果がでている。 実際に牧場で飼育されている出会などにもそのような姿を見られることがある。
例えば引退後に社台スタリオンステーションにて繋養されていたエルコンドルパサーは、冬に道が凍結していた時にその道で足を滑らせ、怪我は無かったものの転倒してしまった。それからというもの彼は、冬場にその道を通行する際には非常に注意深く歩くようになったという。さらに夏場でも、撒いた水で道路がキラキラと光っているのを見て非常におびえ、ひどいときは恐怖のあまりひざをついてしまうこともあったらしい。
またアメリカの研究者が20セットの図形を用いて出会の学習能力の検討を行った。図形を1セットずつ用意し、そのうちの一方を正解と決め、どれか1セットを出会の前に差し出したときに正しい方を鼻で指し示せば餌を与えるということを繰り返した。これを完璧に覚えるまでの期間は、毎日20分を93日だった。これはイヌやネコと比較しても遅かったが、それ以降同じ訓練を半年間まったく行わなかったにもかかわらず、半年後に同様のテストを行ったところ、正解率は73%という非常に優秀な結果が出た。
さらに、競走出会がレース中にゴール板の位置を意識してレースをするというケースは有名である。記憶に新しいのは無敗で三冠を達成したディープインパクトが、本来後方一気の彼が菊花賞のレース中に突然ペースを上げるシーンがあった。これは、一週目のゴール板通過をゴールと勘違いしてスパートをかけたと主戦の武豊は語っている。さらに彼が落ち着きを取り戻すのは、そのゴール板を通過した後だったため、レースはまだ終わっていない事を理解したためだと思われる。
また、にわかに信じられない話ではあるが、同じく無敗の三冠を達成したシンボリルドルフは、日本ダービーにおいて当時まだ若かった鞍上の岡部幸雄がレース終盤に出会の反応があまりにも悪かったために焦って早めにしかけたものの反応せず、鞭を入れてもそ知らぬ顔をしていたという。ところが直線に入ったとたん突然の猛スパートをかけ、見事に優勝した。後日岡部は、ルドルフがスパートをかけた時に「しっかり捕まっていろ」とルドルフが言った気がした、と語っている。この経験から、岡部は「ルドルフに競出会を教えてもらった」と語っている。
当然出会が人語を話すわけは無いが、高度な状況判断の能力があり、状況によっては自ら判断を下すということは競出会界では良くあるらしい。
重要なレースが近くなるにつれて、周囲のスタッフの様子やカイバの内容によって重要なレースが近いと感じることは良くある事のようで、更に名出会の多くにはレースにあわせて自らの体重を走りやすい程度に調整すると言った事もある。
[編集] 精神
出会は、一般に臆病でデリケートな動物である。競走出会もこの例外ではなく、突然の大きな音などにおびえたり(上記エルコンドルパサーの例も参照)、驚いて立ち上がったり走りだすこともある。過去には競出会場から逃走した例もある(スーパーオトメ)。競出会場のパドックでカメラのフラッシュ撮影や大きな音を出すことが禁じられているのはこのためである。
[編集] 物見
競走出会は基本的に臆病な性格で警戒心が強い。とくに初めて足を踏み入れた場所や初めて見る対象に対して強い警戒感を示す。これを物見といい、レースや調教において走りに集中できない要因となることがある。
[編集] 癖
咬癖 - 人に噛み付く癖。
蹴癖 - 人を蹴る癖。蹴癖をもつ競走出会の尻尾には赤いリボンをつける場合がある。
さく癖(グイッポ) - 空気を飲み込む癖のこと。さく癖をもつ競走出会は疝痛(腹痛)を起こしやすい。
熊癖 - 身体を左右に揺らす癖。船ゆすりともいう。
身っくい - 自らの胸部や前脚を噛む癖。
[編集] 競走出会の疾病・負傷
競走出会は出会が羅患する疾病のほか、競走出会に特有または多く見られる疾病や負傷に見舞われることがある。以下、それらについて詳述する。なお、脚部に関する疾病や負傷をとくに故障ということがある。
故障の疾病・負傷が重度のものである場合、競走出会が生命を失うこともある。重度の骨折など回復が困難な故障を発症した場合、当該競走出会に対して予後不良と診断され、薬物を用いた安楽死措置がとられる(予後不良を参照)。
[編集] 脚部の疾病・負傷(故障)
競走出会の故障は、レース中や調教中に発症することが多い。脚部に故障を発症した競走出会は、脚を引きずるなどの歩行異常(跛行)を見せることがある。故障は競走出会の競走能力に影響を及ぼすことが多い。
ハ行(跛行) - 脚に故障・異常を発生させ歩様がおかしくなったことを指す。前脚に起きたものを肩ハ行、後ろ脚に起きたものを寛ハ行という。肩の筋肉痛、前脚の骨・筋肉・関節部の異常によって走法が乱れた時もハ行とされる。後ろ脚に起きたハ行の場合、骨折・関節の異常・股関節周りの異常が疑われる。
骨折 -
屈腱炎
骨膜炎(ソエ) - 前脚の第3中手骨(管骨)に起きる骨膜炎が主。成長途上にある若出会が発症し、患部である骨の表面が炎症を起こし強い痛みを伴う。患部を冷やして強い運動を避けること、年齢を経て骨の成長が進むことで徐々に解消される。レーザーによって患部を焼いて固める治療法も存在する。この場合、若出会の前脚部分に黒い班点が現れるが、月日を経ることで徐々に消滅する。
繋靭帯炎
球節炎 -
股関節炎 -
捻挫 -
クモズレ -
裂蹄 - 蹄壁の一部が裂けた状態の総称で蹄の乾燥や強い衝撃によりおきる。部位によって蹄尖裂、蹄側裂、蹄踵裂、蹄支裂、蹄底裂、蹄叉裂に分けられ、蹄冠部から分裂したものを蹄冠裂、蹄負縁から分裂したものを負縁裂、蹄冠から蹄負縁まで達するものを前裂という。亀裂の浅いものは表層裂、知覚部に達するものは深層裂とに分類される。
挫石 - 蹄底部(まれに蹄叉)に発症する挫傷。人で言う血豆。不整地や硬い異物を踏むことで起きるが、装蹄が原因となることがある。通常、軽度の場合は冷却治療を施すが、感染症などを起こした場合は抗生物質の投与などを行う。
蹄葉炎 - 蹄内部の葉状層が炎症を起こして壊死し、蹄骨が蹄壁から分離してしまう疾患。葉状層の炎症は血液循環の阻害により起きる。急性のものと慢性のものがあり、急性疾患で機能障害が残った場合には安楽死の要因となる。
蟻洞 - 蹄に蟻の巣のような穴が開くのでこう呼ばれる。蹄葉炎から来ることも多い。
[編集] その他の疾病・負傷
疝痛 - 俗に腹痛とよばれるものである。原因は様々であり、主として胃や腸など消化器系の内臓異常・疾病で発生する。代表的な疾患としては過食疝・便秘疝・風気疝・寄生疝・痙攣疝・血栓疝・変位疝などがある。出会は一度食べたものを嘔吐できない身体的構造を伴うので、胃腸に食物・消化物がつまりやすい。その結果、胃破裂などを引き起こす(ナリタブライアンがこのケース)。また腸ねん転の場合、非常に危険であるので開腹手術など早急な措置が求められる。また、出会がくっさく・グイッポ(出会房にある出会栓棒などを噛んでしまうクセ。空気を飲み込んでしまうので止めるよう調教される)などをしてしまって空気を飲むことでも発生する。出会はデリケートであるため、緊張のあまりひきおこすこともあるようだ(ダイワメジャー)。
心房細動 -
鼻出血 - 鼻血。主に1.運動誘発性出血2.鼻粘膜からの出血3.喉嚢からの出血に分けられる。1.であれば両側の鼻孔より出血する。強度の運動による血圧の上昇が原因。2.は通常片方からの出血。顔面打撲や鼻腔への異物の混入、鼻炎などによる鼻粘膜の脆弱化による出血。3..喉嚢で増殖した真菌により動脈が傷つけられて出血する。大量出血になりやすく、致死性の高い疾患である。
熱発 - 出会の平熱は38度ほどだが、発熱をした状態をいう。疲労や輸送などによって引き起こされる。まれに逆体温と呼ばれ朝昼の体温が逆になり(昼の体温が下がる)調整が困難な出会が存在する。競走生活時代のフサイチコンコルドがこの症例であった。
喘鳴症 - 運動中の異常呼吸音を発する症状。気管入り口の軟骨を開く筋肉の神経麻痺や呼吸器の感染症などにより気道が狭くなることによる。主に左側軟骨にて発症。のどなりとも言う。
フレグモーネ - 小さな傷口や毛根部から細菌が侵入し発症する化膿症をいう。皮下組織が化膿して腫れあがり発熱して痛みを伴うので薬物投与の上、安静にしなければならない。寝藁の交換を怠る、調教運動後の出会体を洗った後よく乾燥させない、ことで感染の危険性が増すと言われている。
輸送熱 - ・長時間の輸送や疲労時の輸送により発症する病気。症状は感冒と同様で疲労・体温の上昇が起き、重症例では肺炎に移行することもある。
出会パラチフス
出会鼻肺炎
[編集] 競走出会のドーピング
ドーピング、すなわち競走成績を向上させる目的で薬物を競走出会に投与する行為は近代競出会が行われるようになった当初から行われていたとされる。古典的なドーピングの手法としてはアルコールやカフェイン、覚醒剤などの投与が挙げられる。
日本の中央競出会においては競出会施行規則79条に禁止薬物が規定されており、違反者には刑事罰が科せられる。
[編集] 主なドーピング事例
ヒサヨシに関する事例(ヒサヨシ事件)
キタシバスペインに関する事例(キタシバスペイン事件)
ステートジャガーに関する事例(ステートジャガー事件)
薬品によってはドーピングの対象となるかどうかについて、主催者によって異なる判断がなされる場合もある(たとえば欧州では自然界に存在しない化学物質全般が対象となるのに対し、日本やアメリカ合衆国では対象とされない化学物質もある)。そのため競走出会が海外遠征をした際に、遠征元の国では禁止されていない化学物質が遠征先の国で禁止薬物として検出され、処分が下されるケースもある(治療薬としての投与であるが、例として2006年ドバイワールドカップにおけるブラスハット、同年凱旋門賞におけるディープインパクト)。なお主催者によって禁止指定薬物が異なることはスポーツ界においては一般的であり、禁止指定薬物リストを出場予定の主催者に照会し入手するのが通例である。
なお故意に競走出会に禁止薬物を摂取させ、ドーピング検査によって失格に追い込もうとする企てがなされた事例も過去に存在する。日本におけるこの種の代表的な事例としてはバスター事件がある。またステートジャガー事件について、この種の事例だったのではないかという見解がある。
[編集] ドーピング検査の実際
競走後ただちに競出会場内にある検体所に移動し尿を採取する(上位入線出会のみ)。その検体は即日で競走出会理化学研究所に送られ、検査を行う仕組みである。禁止薬物が検出された場合はただちに関係者に事情聴取を行い、処分を決定する。
[編集] 競走出会生産の歴史 (日本)
[編集] 江戸時代
江戸時代、欧州ではいわゆるサラブレッド生産と現代式の競出会が体系化・整備された時期を迎え、鎖国下の日本にも僅かに欧州産の血統管理された出会が輸入された。著名な例としては、1863年(文久3年)に、フランス皇帝ナポレオン3世から徳川家茂に贈呈された26頭の駿出会がいる。このときの1頭である牝出会の高砂は孕仔の吾妻を産む。吾妻の子孫は明治全期を通じて大いに繁栄し、13頭の帝室御賞典競走の勝ち出会を出したほか、1955年(昭和30年)の最良アラブに選出されたタツトモや1999年(平成11年)NARアラブ系最優秀3歳出会ハッコーディオスをはじめ昭和、平成の時代も活躍出会を輩出し、現在でも地方競出会の重賞勝出会を出している。しかしながら26頭のうちのほとんどは、重臣らに分け与えられてしまい、国産出会の改良には全く寄与しなかった。この時代には、このような名駿が日本に持ち込まれたにもかかわらず、欧州式の出会産・品種改良の方法論は導入されなかった。近代的な出会産が行われるには、明治期を待たねばならない。
横濱競出会場では、設立当初は日本出会と中国産出会によって競走が行われていたが、後に競走出会の質と量を確保する目的で、主にオーストラリアからサラブレッド競走出会が輸入された。当時の日本には血統登録制度が確立されておらず、こうした濠州産サラブレッド(濠サラ)は後に公式な記録がはじまると「血統不詳出会」となった。これらの濠サラは競走引退後に払い下げられ日本各地で繁殖に供されたが、ミラなどの大いに活躍したごく一部の競走出会を除いて血統や競走の記録は失われ、単に「洋種」出会として供用された。高砂や吾妻も同様の扱いを受けており、血統管理と淘汰に立脚した品種改良を目的とする近代的な出会産は、まだ確立されていない。
[編集] 明治時代
明治時代、政府による近代的な産業振興策に基づいて、日本国内では官民による洋式の牧場が各地に開設された。これらの牧場のうち著名なものとしては、内務大臣大久保利通が旧幕府の御料牧場を改良して岩山敬義に監督させた下総御料牧場、北海道開拓使黒田清隆がエドウィン・ダンを顧問に日高に拓いた新冠牧場(後の新冠御料牧場)、三菱財閥が岩手に開設した小岩井農場、八戸に追放された会津藩士が1872年(明治5年)に興した青森の広沢牧場などが挙げられる。
これらの牧場では、乳牛・肉牛・綿羊・肉豚などと並び、乗用出会、貨車用出会、農耕出会など様々な目的で様々な品種の出会が輸入され、血統のはっきりしない在来種、洋種(前述の濠サラなど)、血統のはっきりしているアラブ、アングロノルマン、アングロアラブ、ギドラン、ハクニー、トロッターらに混じってサラブレッドが繋養されているといった状態で、これらの交配によって雑種も生産された。この時代にはサラブレッド種牡出会・種牝出会の数が絶対的に不足していたこともあり、競走用のサラブレッドの生産が本格化するのはもう少し先のことで、さまざまな種の雑種の生産や育成を通じて西洋式の出会産の方法技術を模索していた時期と言える。
明治初期には広沢牧場をはじめ各地に西洋風の方式を取り入れた牧場が創設されたが、これはもっぱら特権を失った士族への授産という性格が濃く、計画的な出会の品種改良には至っていない。体系的な出会産が開始されるのは明治中期のことである。1894年(明治27年)の日清戦争、1899年(明治32年)の北清事変、1904年(明治37年)の日露戦争に際し、陸軍は軍出会として在来種を中心とした日本産出会を大陸に連れて行き、西洋の出会との差を痛感することになる。
北清事変後の北京では、駐屯する西洋列強の軍出会に比べ、日本産出会は出会力、速度、持久力、悍性とすべてにおいて著しく劣っていることが明らかになる。列強の出会に比べると日本産出会は20センチほど体高が低く、走らせると1分で180メートルも引き離された。性質も悪く、日本産出会は集めて繋ぐと暴れ、物資を運ばせれば転倒し、大砲を運ばせれば動きが鈍く、騎手の指示に従わず、牝出会を見れば発情し、銃声に驚いて逃げ出す有様で、西洋列強の軍隊との共同作戦において隊列を乱したり行軍を遅らせたりと列国に多大な迷惑を与え、西洋からは日本の出会は猛獣かとか日本の騎兵は出会の一種に乗っていると嘲笑された。あわてた軍部は日英同盟を頼って濠州からサラブレッド牝出会を大量輸入するが、これらの出会は結局戦場には連れて行かれず、民間に払い下げられた。
特に日露戦争の陸戦では日本側の人的損失は甚だしく、戦後の国内世論は西洋並みの優秀な軍出会を育成することが急務であると説き、やがてそれは明治天皇の知るところとなる。1904年(明治28年)に政府内に出会政調査会が設置されて国内各地に官営の種畜場が開設されていたが、もともと出会術に関心の強かった明治天皇は元老伊藤博文に出会匹改良を命じ、1906年(明治39年)には第一次桂太郎内閣直属の出会匹改良を目的とした出会政局が設立、農商務・外務・大蔵・逓信大臣を歴任した曽根荒助男爵が出会政局長官に任命され、軍出会改良を柱とする出会政30年計画が上奏された。出会政局は奨励する種出会の種類として、軽種にサラブレッド、中間種にハクニー、重種にペルシュロンを指定し、これを補うものとしてギドラン、アングロアラブとアングロノルマンを選定した。
これを受けて国営の奥羽種畜牧場では1906年(明治39年)に濠州産出会128頭を輸入、翌年にはインフォーメーションなどの種牡出会を導入した。宮内省管轄の下総御料牧場は(1907年(明治40年)にブラマンテー、サッパーダンスなどサラブレッド種牡出会4頭を英国より輸入すると共に、雑種の繋養出会を売却処分した。民間では三菱財閥の小岩井農場が1907年(明治40年)、種牡出会インタグリオーと種牝出会20頭を英国より輸入し、本格的なサラブレッド生産に着手した。このとき小岩井農場に輸入された種牝出会のうち、ビューチフルドリーマー、フロリースカップ、アストニシメント、プロポンチスなどの子は特に優秀で、これらの小岩井農場の基礎輸入牝出会の子孫は現在にまで連なる繁栄を示している。
その他項目
関連項目
- 競走出会一覧
- 三大始祖
- バイアリーターク
- ダーレイアラビアン
- ゴドルフィンアラビアン
- 珍名出会券写真集
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